屋根神
2008年06月09日
天王祭たけなわですが、何か物足りない...
6月に入り本格的な天王祭シーズンです。私も6月1日の月次祭を皮切りに、5日の熱田尚武祭、7日の西枇杷島まつり、筒井天王祭、9日の宗像神社祭礼(江川端弁天まつり)と各地に足繁く通っています。電柱などに取り付けられた笹に赤い提灯、夏の訪れを感じるのは私だけではないと思います。
しかし、何かが物足りない。お祭のにぎやかさの一方で大切な何かが失われているような、気がしてなりません。9日の午前中、宗像神社祭礼日に合わせ、城西、上名古屋、城北町と浄心周辺に残る屋根神さまでも祭礼もしくは祭礼のための飾り付けが行われました。私も雨の中、祭礼の模様を撮影しようと歩き回りました。
雨にもかかわらず社を拭き清め、お供えをし、ぬれないように提灯にはビニールをかぶせ、お祓いをする神主さんにはその間ずっと、後ろから傘をさしている。私の目の前で繰り広げられているのは地域の人々が屋根神さまを大切にしている姿そのものでした。
夕方、出店が出てにぎわいを見せる弁天通。その一角に立てかけてあった「天王祭」の説明によると、もとは周辺にまつられていた屋根神さま、とくに祭神の津島神社(牛頭天王)に関連するお祭なので天王祭といった、と書いてあります。だけどかんじんな天王は?
昨年、訪れた岐阜県多治見市の提灯祭。広くない通りの両側にいろんなお店が立ち並んでいます。数メートル間隔にたてられた笹には赤い提灯。歩いて気がつくのがところどころにある祭宿の中に鎮座する社です。多治見で見られる神さまはほとんどが二社一緒にまつられており、その一方の津島神社のみが屋根(台上の場合もある)から降ろされて、祭壇の前に鎮座する。
かつては江川端通でもたくさんの屋根神さまが笹と赤い提灯に飾られていたのかもしれません。夕方には提灯に明かりをともし、その下では地域の人々がビールでものみながら談笑していたのかもしれません。見たことのない想像の話です。
屋根神さまの写真を撮りながら、本当の主役を欠いた祭に一抹の寂しさを覚えます。
しかし、何かが物足りない。お祭のにぎやかさの一方で大切な何かが失われているような、気がしてなりません。9日の午前中、宗像神社祭礼日に合わせ、城西、上名古屋、城北町と浄心周辺に残る屋根神さまでも祭礼もしくは祭礼のための飾り付けが行われました。私も雨の中、祭礼の模様を撮影しようと歩き回りました。
雨にもかかわらず社を拭き清め、お供えをし、ぬれないように提灯にはビニールをかぶせ、お祓いをする神主さんにはその間ずっと、後ろから傘をさしている。私の目の前で繰り広げられているのは地域の人々が屋根神さまを大切にしている姿そのものでした。
夕方、出店が出てにぎわいを見せる弁天通。その一角に立てかけてあった「天王祭」の説明によると、もとは周辺にまつられていた屋根神さま、とくに祭神の津島神社(牛頭天王)に関連するお祭なので天王祭といった、と書いてあります。だけどかんじんな天王は?
昨年、訪れた岐阜県多治見市の提灯祭。広くない通りの両側にいろんなお店が立ち並んでいます。数メートル間隔にたてられた笹には赤い提灯。歩いて気がつくのがところどころにある祭宿の中に鎮座する社です。多治見で見られる神さまはほとんどが二社一緒にまつられており、その一方の津島神社のみが屋根(台上の場合もある)から降ろされて、祭壇の前に鎮座する。
かつては江川端通でもたくさんの屋根神さまが笹と赤い提灯に飾られていたのかもしれません。夕方には提灯に明かりをともし、その下では地域の人々がビールでものみながら談笑していたのかもしれません。見たことのない想像の話です。
屋根神さまの写真を撮りながら、本当の主役を欠いた祭に一抹の寂しさを覚えます。









