屋根神関連資料集

2008年07月18日

【資料】多治見市史

資料名:多治見市史 通史編(上)
著 者:多治見市
発行所:多治見市
発行年:1980年
入手先:多治見市図書館

コメント:日本一暑い町として有名な多治見市。その暑さがメディアで取り上げられるころ、市内では「ちょうちんまつり」や「祇園祭」と呼ばれるおまつりが開催される。7月12日は土岐川北部の「長瀬」側で、16日は南部の「多治見」側で、赤いちょうちんをつり下げた笹が道路沿いに何本も飾られる光景を目にする。このまつりの主人公はなんといっても市内に多数まつられている津島神社である。多治見には「屋根神」という言葉自体は存在しないようだが、軒や屋根、新しいものだとステンレス台の上にまつられている。祭礼日には高所から下に降ろして祭壇を作り、ちょうちんの飾り付けやお供えを行う。午前中にお祓いを済ませ、夕方ころからちょうちんに明かりをともし近所の人々の懇親会となる。ではなぜ、多治見にこうしたほこらが多くまつられているのかという疑問を解くために図書館に赴き手にしたのが本書である。しかし、津島信仰や祇園信仰については書かれているが肝心の、なぜ多治見に、の部分が残念ながら欠落している。名古屋と同じで、あまりにも身近なものなので、深く追究する人がいないのだろうか。そういえば、「多治見」側をほこらを探し歩いていたとき、多くの人から「ご苦労なことだね」と呆れられたような表情をされた。当たり前と思っているものがなくなってしまうのが今のこの社会である。名古屋をみればよく分かる。

2008年07月15日

【資料】美濃街道の東枇杷島周辺の「屋根神さま」

資料名:美濃街道の東枇杷島周辺の「屋根神さま」
著 者:高阪実
発行所:自刊
発行年:1980年(撮影)
入手先:著者寄贈

コメント:枇杷島に住む高阪さん(通称:先生)がまつられている屋根神さまを撮った写真。1980年の元旦に撮影したもので、現在はまつられていた家屋を新改築したためすでに写真の形態では残っていない。現在ではこの写真でしか確認できない。大変貴重な写真である。

2008年07月13日

【資料】西区の歴史

資料名:西区の歴史
著 者:山田寂雀
発行所:愛知県郷土資料刊行会
発行年:1984年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

コメント:西区は屋根神さまが市内でも一番多く残る地域であるので、それを期待して本書を手に取ってみた。貴重な写真が掲載されており取り扱いページ数も多い半面、調査結果や天王信仰を起源としている点などは芥子川氏の著書から多くの影響を受けている感じがした。

2008年07月12日

【資料】日本の民俗23 愛知

資料名:日本の民俗23 愛知
著 者:磯貝勇/津田豊彦
発行所:第一法規出版
発行年:1973年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

コメント:愛知県内の民俗事例について短くコメントしている。著者の津田豊彦氏は名古屋市史の民俗編を監修しておられる。屋根にある理由を「明治になってから道路整備のためほんらい地上にあったのを屋根の上にあげたなどといわれているが...」と引用ではなく、津田先生自身の考察が述べられている。

2008年07月11日

【資料】写真で見る民家大事典

資料名:写真で見る民家大事典
著 者:日本民俗建築学会
発行所:柏書房
発行年:2005年
入手先:愛知県図書館

コメント:日本各地で育まれてきた民家や家に関係する諸々が収録されている。屋根神さまは、「民家のまつり」の中で岡本大三郎さんが昔の写真とともに執筆している。写真は既になくなってしまった東区裏筒井町と中区丸の内の二枚。撮影年は1980年とあるので、既に三十年近く前の貴重な写真である。屋根神さまのほかにも「荒神さま」や「火の神」など火に関する信仰についての説明もある。

2008年04月25日

【資料】名古屋長者町誌

資料名:名古屋長者町誌
著 者:名古屋長者町織物協同組合
発行所:名古屋長者町織物協同組合
発行年:1950年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

かつて私の写真展に来て下さったお客さんから教えていただいた資料。長者町は繊維の町として栄えたが、最近はシャッターがしまったところが多くなった、かと思えばオシャレな若者向けの店が増え、新旧混合の雰囲気が漂っている。

長者町も碁盤割りの城下町にあり、本書を見ると「戦災前の長者町通居住者」の図中、「下長者町一丁目」「下長者町二丁目」「下長者町三丁目」「下長者町四丁目」にそれぞれ「屋上祭神」(恐らく屋根神さまのことだろう)がまつられていたと記されている。同じ頁に掲載されている戦後版を見ると神さまは見当たらない。戦災により焼かれてしまったのだろう。この図を持って実際に歩いてみたが、もちろん現在では見当たらない。

戦災にあう前は市内各地でこういった形でまつられていたのだろう。芥子川律治さんにはその著書の中で戦前は千社をこえる屋根神さまがまつられていたのでは、と述べられている。またこれを見ると町内に路地や行き止まりの空間がいくつか見られる。いわゆる「閑所」だろう。戦後版には見られない。日常の些細な風景をも戦争は奪ってしまうということだ。

2008年04月23日

【資料】西区70年のあゆみ

資料名:西区70年のあゆみ
著 者:名古屋市西区役所
発行所:名古屋市西区役所
発行年:1978年
入手先:名古屋市鶴舞図書館
コメント:西区は2008年に区制100周年を迎えるが、本書は30年前、区制70年時に書かれたものである。屋根神さまに関しては「史跡と文化財」の項に掲載されている。文章は紹介程度だが、屋根神さまが、西区内に多い「史跡」であり「文化財」であるという認識を当時から区役所が持っていたという事実は大変うれしいことである。名古屋の屋根神さまは西区なしには語れないということをもっと広く知ってもらいたいと思う。

2008年04月18日

【資料】名古屋の史跡と文化財

資料名:名古屋の史跡と文化財
著 者:名古屋市教育委員会
発行所:名古屋市教育委員会
発行年:1990年
入手先:名古屋市鶴舞図書館

「民俗概説」の中に数行、屋根神さまについて触れられている部分がある。特に真新しいこともなく、一般的な説明である。

それよりもその数行あとに近世後期に名古屋の民俗や風俗を絵画として記録した画家の名前が記されており、彼等の偉業を称えながら「現在はそれよりいかに多くのものを失ったかを知らされる」と嘆きとも思われる文章がある。著者がだれであるかは知らないが、次の文章とともに私も共感する。

「ハレとケのけじめのない生活を活性化するには、もう一度、先人の生活を見直してみる必要があるのではなかろうか」。

だが、写真を撮りながら思うのは、先人の生活を見直すことの必要性はものすごく感じる一方で、近代文明が生んだ利便性や効率性は減速するどころかますます加速しており、もはや先人の生活どころではないところまで来ているようだ。駅前だけでなく下町と呼ばれる地域に突然、高層マンションが建設される。文化を考える前に利益こそが第一に考えられてしまう。「見直してみる必要」を感じる前に社会が大きく変わってしまう。

私も果たしていつまで記録し続けることができるだろうか、また記録する意味は果たしてあるのだろうか...ということまで考えてしまわざるを得ない。

2008年01月07日

【資料】北区の屋根神さま

資料名:広報なごや北区版
著 者:名古屋市北区役所
発行所:名古屋市北区役所
発行年:2004年
入手先:名古屋市鶴舞図書館ほか市内各図書館
コメント:「なごやの屋根神さま」の著者である山地英樹さんが「広報なごや北区版」に区内に残る屋根神さまを掲載したもの。じつはこれが出る前に山地さんからお電話をいただき、広報に載せるにあたりちょっとした情報交換をすることになった。写真集を出された山地さんのもとには10年以上を経た現在も問合せがあり、なかには「ここにもありますよ」といった情報提供もあるという。その情報を山地さんからいただき私が調査に向かったこともある。
 さて情報交換では、私からは上飯田東町の神さまと廃絶社の確認をし、山地さんからは川中町の社の存在を教えていただいた。
 屋根神さまの写真を撮り、またブログを作成しているといろいろな方から情報を提供していただくことがある。そういった輪(ネットワーク)のようなものが広がれば、徒労なく実態を把握することができるだろうに...というのは甘い考えで、やはり自分の足で歩くことが大切である。

※広報なごや北区版(平成16年8月)は市内各図書館にて閲覧できます。

2008年01月04日

【資料】名古屋の民間信仰

資料名:名古屋の民間信仰
著 者:芥子川律治
発行所:名古屋市経済局観光貿易課
発行年:1986年
入手先:名古屋市鶴舞図書館
コメント:「屋根神さま」の著者、芥子川律治氏が名古屋に残る民間信仰全般について書かれた書籍。屋根神さまは写真入りで短く紹介されている。「屋根神さま」のエッセンスを数行に縮めたもののようだ。しかし名古屋独特という言葉にだまされるひとは多い。私もその一人だった。名古屋独特の信仰でないことは芥子川氏自身もご存知のことだと思う。

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モリマコトの紹介
1973年7月、名古屋市瑞穂区出身。立命館大学卒業後、韓国・ソウルに遊学。帰国後の「ふがいない時期」に図書館で偶然であった屋根神さまに魅せられる。現在、名古屋市内を中心に愛知、岐阜の屋根神さまを撮り歩き、「屋根神さまのある風景」「まちの文化遺産屋根神さま」等の写真展も開催している。名古屋市熱田区在住。