2008年05月13日

【講義録】屋根神とは -屋根神とは何か-

 屋根神さんといえば感覚的には分かるわけですが、いざどのように定義するかというと、屋根の上にある神さんならみな屋根神さんになるのか、ということです。
 屋根神さんという名称がいつごろからいわれだしたのでしょうか。
 篠原薫さんのように「のき神さん」というのか、あるいは「棟神さん」といった方がいいのか。
 屋根の上にある神さんなら全部屋根神さんということになると、例えばデパートに行けばお稲荷さんがまつってありますね。
 高島屋のツインタワーにあるかどうかは分かりませんが、名鉄、三越、丸栄、松坂屋にはまつってあります。
 名鉄といえば豊川のお稲荷さん、丸栄は白菊稲荷、それから松坂屋のお稲荷さんは豊彦稲荷といいます。
 これは伊藤次郎左衛門さんのお宅が覚王山にありまして、その本宅の守り神であります。
 そういうように屋上にまつってあるものでも屋根神さんにしていいのか、ということになるわけですが、我々の考えている屋根神さんとは違うわけです。
 デパートや工場でまつっているのはあくまでも企業の神さまであり、また個人の家でまつってみえるものですが、民俗学では「屋敷神」といっており、あくまで個人の家の神さまです。
 それに対し屋根神さんというのはひとつの組や切(きり)といった、そこに住んでる人たち全体がおまつりする神さまなので、個人のものとは区別しなきゃいけない。
 さらに、屋根神さんといっておりますが、昨今は屋根にあるものよりも地上に降りたものがたくさんあります。
 屋根神さんとは、いつごろできて、最初から屋根にあったかのか、屋根から下に降りてきたと解釈するのか、下にあったのが上にいったと解釈するのか、屋根神さんのひとつの大きな問題点です。
 名古屋がマチになった当時は道路が狭かったから下にまつってあったものを屋根の上に載せたという説があるが、これについてはそのまま素直に考えていいのか。
 結論からいうと元々は屋根にまつっていたんじゃないかと考えています。
 それと実際、「屋根神さん」がいいのか、「のき神さん」がいいのか、いつから屋根神さんと言い出したかは、分かりません。
 しかし、屋根のてっぺんに載せていれば非常に不安定で、名古屋の場合ですと、昔は中二階の位置が多くて、中二階の庇、下の屋根の出ているところに載せているケースが多かったようなので、「のき神さん」というのもそれなりに意味があるのではないかと思います。
 名称だけでも検討しなくてはいけないだろうし、現在下にあるものは屋根神さまといっていいものだろうか、というような問題も出てくるだろうかと思います。


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モリマコトの紹介
1973年7月、名古屋市瑞穂区出身。立命館大学卒業後、韓国・ソウルに遊学。帰国後の「ふがいない時期」に図書館で偶然であった屋根神さまに魅せられる。現在、名古屋市内を中心に愛知、岐阜の屋根神さまを撮り歩き、「屋根神さまのある風景」「まちの文化遺産屋根神さま」等の写真展も開催している。名古屋市熱田区在住。