2008年02月
2008年02月28日
【私と屋根神】車に乗らない! <1>
先日カメラ雑誌を見ていたら、ある鉄道写真家が「僕は鉄道を撮って生活しているので基本的には車に乗りません」と発言していました。車を使わなければ機材を減らさざるをえないし撮れるものも限られてきそうですが、その分、機材選びに磨きがかかり、必要最小限に押さえることができるのでしょう。その言葉にプロを感じました。
話はかわって、私も車には乗りません。といっても写真展の際は荷物を載せるための車を手配するし、会場までも車でいった方が楽です。便利なことは百も承知の上であえて、自分は車に乗らないように心がけています。屋根神さまを撮るためのこだわりです。
私は写真を撮るだけでなく町内の人々からできるだけ多くの話を聞かせてもらうようにしています。そして必ず屋根神さまの行く末についても尋ねます。家屋の新改築や高齢者中心で祭祀を行い後継者がいないことが消えてしまう理由ですが、最近では車の通行量の増加もそれに拍車をかけています。
「昔はよォ、いろんな店があってにぎわっとったけど、いまでは車がようけ通って危ないで店も少ななったヮ」
西区枇杷島の美濃路で聞かれた言葉です。旧道は道幅が狭く両側の店鋪をのぞきながら歩くにはよいのですが、車が一台通るだけで歩行者にとっては危険です。店が消えるだけでなく、はしごをかけて祭礼を行う屋根神さまが消えてしまうのも無理からぬことでしょう。
またかつて屋根神さまがまつってあった家屋を壊して駐車場となった場所もいくつか目にしました。駅前の開発の波がかつて長屋が軒を連ねていた下町を飲み込んで駐車場やマンションに変えてしまっている、しかもその波に太刀打ちできないのが現状です。名古屋の経済が全国的にみて好調なのは自動車が牽引役を担っているからでしょう。しかしその名古屋で車が原因で消えてしまう文化があるとすれば悲しいことではないでしょうか。
話はかわって、私も車には乗りません。といっても写真展の際は荷物を載せるための車を手配するし、会場までも車でいった方が楽です。便利なことは百も承知の上であえて、自分は車に乗らないように心がけています。屋根神さまを撮るためのこだわりです。
私は写真を撮るだけでなく町内の人々からできるだけ多くの話を聞かせてもらうようにしています。そして必ず屋根神さまの行く末についても尋ねます。家屋の新改築や高齢者中心で祭祀を行い後継者がいないことが消えてしまう理由ですが、最近では車の通行量の増加もそれに拍車をかけています。
「昔はよォ、いろんな店があってにぎわっとったけど、いまでは車がようけ通って危ないで店も少ななったヮ」
西区枇杷島の美濃路で聞かれた言葉です。旧道は道幅が狭く両側の店鋪をのぞきながら歩くにはよいのですが、車が一台通るだけで歩行者にとっては危険です。店が消えるだけでなく、はしごをかけて祭礼を行う屋根神さまが消えてしまうのも無理からぬことでしょう。
またかつて屋根神さまがまつってあった家屋を壊して駐車場となった場所もいくつか目にしました。駅前の開発の波がかつて長屋が軒を連ねていた下町を飲み込んで駐車場やマンションに変えてしまっている、しかもその波に太刀打ちできないのが現状です。名古屋の経済が全国的にみて好調なのは自動車が牽引役を担っているからでしょう。しかしその名古屋で車が原因で消えてしまう文化があるとすれば悲しいことではないでしょうか。









