2006年11月
2006年11月15日
【私と屋根神さま】みかんと屋根神さま、2006/11/15
本日11月15日は屋根神さまの月次祭。
11月の撮影は今日が初めてなので張り切って家を出ました。午前5時に起床し同49分の地下鉄で金山へ、そして名鉄に乗り換え東枇杷島に向かいます。カメラはいつも背負っているナップザックの中に入れ、腰のポーチの中のフィルムを確認し、手には三段の脚立を持って出発です。
東枇杷島に着いた6時ごろの空は薄暗く、まだ町が眠っているかのようです。私は重い鞄と脚立を抱えながら枇杷島の屋根神さまに向かいました。じつは昨晩、午前12時に帰宅しそれから寝る支度をしたものの目が冴えてしまって全然眠りにつくことができませんでした。気がついたら午前5時。セットしておいた目覚ましが鳴ります。一睡もしていない割には案外素直に目覚め服を着替えました。しかし着替えをし、またコーヒーを作りながら、今日はどこの屋根神さまに向かおうかをずっと考えていました。昨晩から一睡もできなかっただけではなく、今日訪れる屋根神さまさえも決めていなかったのです。
コーヒーを飲みながら考えました。フィルムをネガからポジにして一ヶ月。できるだけポジフィルムで多くの屋根神さまを記録したいと思って活動している昨今だからこそ、まずは私のかつてのホームグランドである枇杷島と栄生に向かおうと何気なく決めてしまいました。決めたとなるとあとは現地に向かうだけ。もちろん月次祭の準備がなされる前に到着することはいうまでもありません。
一階平屋造の家の屋根に載った屋根神さまのその社殿は市内でも珍しい丸形屋根。かつて栄生に移住してすぐに撮りに行き、また12月16日に執行される秋葉祭でも毎年必ず撮影を敢行している思い入れの強い屋根神さまです。幸い、到着したときはまだ祭りの準備は行われていなかったので脚立を広げカメラを構えて構図を確認します。といっても何度も撮っているので最良の構図は頭の中にあるつもりです。6時半ごろ、空は徐々に白みがかっていきますが、カメラをセットして露出を測ってみるとまだまだ不足気味です。しかし空からは薄暗さがだんだんと消えていき目に見える速さで白く明るくなっていきました。当然、露出も十分得られるようになっていきます。そこで試しに一枚撮ってみました。
朝方の冷え込みを我慢しながらしばらく待っていると、7時前に今日の当番の方がいらっしゃいました。私の知っている方なのであいさつ代わりに「今日も屋根神さま写真に撮らせてもらいますよぉ」と声をかけると、当番の方は「いいよぉ」と返事を返して下さいました。お供えを載せておく台を置き、三社の名前が書かれた提灯を取り付け、榊、お供え物を三方にすえれば月次祭の準備は完了します。その間私は頭の中に描かれた構図を確認しながらシャッターボタンを押しました。時には通行する車に遮られながらも、どんどん押していき30枚を撮りました。その間、5〜7分ほどでしょうか。脚立に乗ったり降りたり、はたまた屋根神さまの現況について話をしていると押す手が鈍りますが、屋根神さまの撮影はただ黙々と進めればいいものではありません。あくまでもこちらは撮らせていただいている気持ちを忘れずに、地域の方と接するよう心がけています。こうして枇杷島の屋根神さまをかわきりに栄生の屋根神さまを撮り歩きました。
朝早く撮影に出かけますと、各地で月次祭の準備が終了する午前10時ごろにはこちらの体力が消耗してきます。今朝は朝食を抜いて出てきたので、休息兼朝食を喫茶店でとりました。疲れた体にコーヒーと甘いものを含ませ、読書をしながらしばしブレイクタイム。そのまま付近の屋根神さまを撮るつもりでいましたが、不眠のため集中力が切れかけていたので、いったん帰宅することに。時計を見るとすでに正午を過ぎていたので、あわてて昼食をとり小一時間ほど午睡をむさぼりました。
午後2時を少し回ったくらいに今度は自転車で出発しました。目的地は栄生、今となってはなかなか見られない片付けのさいのおかがり(かがり火)を見るためです。栄生の屋根神さまには3時少し過ぎに着きましたが、さすがにこの時間ではまだ早すぎます。そこで栄生駅ガード下にある古書店に行き何をするともなく本を立ち読みしていました。いつもの私のパターン通り、新書、文庫、単行本と見て歩きましたが、これといって見るべきものはありません。ところが詩のコーナーに目を移した途端、目に飛び込んできたのが星野富弘さんの「鈴の鳴る道」でした。以前より彼の作品を読んでみたかったし、300円と廉価であったことから購入を決断しました。もし店を出て現場に行ってまだおかがりの準備がされていなかった場合は公園で読んでいればいい、と考えました。
3時半、屋根神さまの前に行ってもだれも出て来ていないし提灯やお供はそのまま。前回撮影したさいは確かこれくらいの時間ではなかったか、と思い返してみても仕方ないので近所の方に聞いてみました。「いつもはよ〜、だいたい5時ごろにはやらっせるよ。でも陽が短くなったで、最近はちょっと早いかもしれん。4時半にはやるんじゃないかなあ。まだ時間あるでどっか回ってりゃー」
仕方なくベンチのある枇杷島公園で向い側の「ふる里」で買った小田巻をかじりながら先ほど購入した「鈴の鳴る道」を読みはじめました。とはいうものの夕方になって冷たい風がベンチに座る私の身に容赦なく吹き付けます。一枚一枚ページをめくりながら優しい花の絵と添えられた詩を読んでいきます。キダチベコニアの頁でこんな詩を見つけなるほどなあと思いました。
「見ているだけで 何も描けず 一日が終わった
こんな日と 大きな事をやりとげた日と 同じ価値を見出せる 心になりたい」
時計を見ると4時20分。もしかしたらそろそろ人が集まってきているかもしれな
いと思い、本を鞄の中にしまい自転車に乗りました。しかし到着してみると様子が変です。先ほどまでつり下げられていた提灯やお供物はありません。しかも社殿の方か声が聞こえてきます。
「すみません、おかがりはやられないんですか」と声をかけると、当番と思しき方はいぶかしげにこちらをチラと見たので、
「おかがりの写真を撮りたいと思って...」
「なにぃ、いま終わったトコだがね」
「えっ、でも先ほど聞いたら4時半から5時の間にやられると...」
「うちらぁはこれでも遅い方だよ。やられる当番によって違うけど、だいたい4時には片つけておかがりするよ」
「ほっ、本当ですか...」
一瞬脱力感に見舞われました。じつは4時にも一度確認しに行ったのですが、当番らしき人の姿は見当たらず恐らくまだだろうとたかをくくって公園に戻ってしまっていたのです。どうやら当番の方はそのすぐ後に来られたらしい。
カメラを持った私に「雑誌かなんかに載せるの?」と尋ねてきたので、「いえ、屋根神さまをずっと記録していまして。熱田区から来たんですよ」と話すとその人は「えっ! 熱田区から来たの? 若いのに感心だねえ。でもせっかく来てくれたのに残念だね。次は12月1日にまたやるからそのときおいで。せっかくだからみかんあげるわ」と、お下がりのみかんを一個差し出しました。写真を撮れなかったことは残念でしたが、こうして写真以上に人と出会うことになったのです。でも私は先ほど星野富弘さんの詩に感動したばかりじゃないか、と自分を慰めました。
「こんな日と/大きな事をやりとげた日と/同じ価値を見出せる/ 心になりたい」と。
11月の撮影は今日が初めてなので張り切って家を出ました。午前5時に起床し同49分の地下鉄で金山へ、そして名鉄に乗り換え東枇杷島に向かいます。カメラはいつも背負っているナップザックの中に入れ、腰のポーチの中のフィルムを確認し、手には三段の脚立を持って出発です。
東枇杷島に着いた6時ごろの空は薄暗く、まだ町が眠っているかのようです。私は重い鞄と脚立を抱えながら枇杷島の屋根神さまに向かいました。じつは昨晩、午前12時に帰宅しそれから寝る支度をしたものの目が冴えてしまって全然眠りにつくことができませんでした。気がついたら午前5時。セットしておいた目覚ましが鳴ります。一睡もしていない割には案外素直に目覚め服を着替えました。しかし着替えをし、またコーヒーを作りながら、今日はどこの屋根神さまに向かおうかをずっと考えていました。昨晩から一睡もできなかっただけではなく、今日訪れる屋根神さまさえも決めていなかったのです。
コーヒーを飲みながら考えました。フィルムをネガからポジにして一ヶ月。できるだけポジフィルムで多くの屋根神さまを記録したいと思って活動している昨今だからこそ、まずは私のかつてのホームグランドである枇杷島と栄生に向かおうと何気なく決めてしまいました。決めたとなるとあとは現地に向かうだけ。もちろん月次祭の準備がなされる前に到着することはいうまでもありません。
一階平屋造の家の屋根に載った屋根神さまのその社殿は市内でも珍しい丸形屋根。かつて栄生に移住してすぐに撮りに行き、また12月16日に執行される秋葉祭でも毎年必ず撮影を敢行している思い入れの強い屋根神さまです。幸い、到着したときはまだ祭りの準備は行われていなかったので脚立を広げカメラを構えて構図を確認します。といっても何度も撮っているので最良の構図は頭の中にあるつもりです。6時半ごろ、空は徐々に白みがかっていきますが、カメラをセットして露出を測ってみるとまだまだ不足気味です。しかし空からは薄暗さがだんだんと消えていき目に見える速さで白く明るくなっていきました。当然、露出も十分得られるようになっていきます。そこで試しに一枚撮ってみました。
朝方の冷え込みを我慢しながらしばらく待っていると、7時前に今日の当番の方がいらっしゃいました。私の知っている方なのであいさつ代わりに「今日も屋根神さま写真に撮らせてもらいますよぉ」と声をかけると、当番の方は「いいよぉ」と返事を返して下さいました。お供えを載せておく台を置き、三社の名前が書かれた提灯を取り付け、榊、お供え物を三方にすえれば月次祭の準備は完了します。その間私は頭の中に描かれた構図を確認しながらシャッターボタンを押しました。時には通行する車に遮られながらも、どんどん押していき30枚を撮りました。その間、5〜7分ほどでしょうか。脚立に乗ったり降りたり、はたまた屋根神さまの現況について話をしていると押す手が鈍りますが、屋根神さまの撮影はただ黙々と進めればいいものではありません。あくまでもこちらは撮らせていただいている気持ちを忘れずに、地域の方と接するよう心がけています。こうして枇杷島の屋根神さまをかわきりに栄生の屋根神さまを撮り歩きました。
朝早く撮影に出かけますと、各地で月次祭の準備が終了する午前10時ごろにはこちらの体力が消耗してきます。今朝は朝食を抜いて出てきたので、休息兼朝食を喫茶店でとりました。疲れた体にコーヒーと甘いものを含ませ、読書をしながらしばしブレイクタイム。そのまま付近の屋根神さまを撮るつもりでいましたが、不眠のため集中力が切れかけていたので、いったん帰宅することに。時計を見るとすでに正午を過ぎていたので、あわてて昼食をとり小一時間ほど午睡をむさぼりました。
午後2時を少し回ったくらいに今度は自転車で出発しました。目的地は栄生、今となってはなかなか見られない片付けのさいのおかがり(かがり火)を見るためです。栄生の屋根神さまには3時少し過ぎに着きましたが、さすがにこの時間ではまだ早すぎます。そこで栄生駅ガード下にある古書店に行き何をするともなく本を立ち読みしていました。いつもの私のパターン通り、新書、文庫、単行本と見て歩きましたが、これといって見るべきものはありません。ところが詩のコーナーに目を移した途端、目に飛び込んできたのが星野富弘さんの「鈴の鳴る道」でした。以前より彼の作品を読んでみたかったし、300円と廉価であったことから購入を決断しました。もし店を出て現場に行ってまだおかがりの準備がされていなかった場合は公園で読んでいればいい、と考えました。
3時半、屋根神さまの前に行ってもだれも出て来ていないし提灯やお供はそのまま。前回撮影したさいは確かこれくらいの時間ではなかったか、と思い返してみても仕方ないので近所の方に聞いてみました。「いつもはよ〜、だいたい5時ごろにはやらっせるよ。でも陽が短くなったで、最近はちょっと早いかもしれん。4時半にはやるんじゃないかなあ。まだ時間あるでどっか回ってりゃー」
仕方なくベンチのある枇杷島公園で向い側の「ふる里」で買った小田巻をかじりながら先ほど購入した「鈴の鳴る道」を読みはじめました。とはいうものの夕方になって冷たい風がベンチに座る私の身に容赦なく吹き付けます。一枚一枚ページをめくりながら優しい花の絵と添えられた詩を読んでいきます。キダチベコニアの頁でこんな詩を見つけなるほどなあと思いました。
「見ているだけで 何も描けず 一日が終わった
こんな日と 大きな事をやりとげた日と 同じ価値を見出せる 心になりたい」
時計を見ると4時20分。もしかしたらそろそろ人が集まってきているかもしれな
いと思い、本を鞄の中にしまい自転車に乗りました。しかし到着してみると様子が変です。先ほどまでつり下げられていた提灯やお供物はありません。しかも社殿の方か声が聞こえてきます。
「すみません、おかがりはやられないんですか」と声をかけると、当番と思しき方はいぶかしげにこちらをチラと見たので、
「おかがりの写真を撮りたいと思って...」
「なにぃ、いま終わったトコだがね」
「えっ、でも先ほど聞いたら4時半から5時の間にやられると...」
「うちらぁはこれでも遅い方だよ。やられる当番によって違うけど、だいたい4時には片つけておかがりするよ」
「ほっ、本当ですか...」
一瞬脱力感に見舞われました。じつは4時にも一度確認しに行ったのですが、当番らしき人の姿は見当たらず恐らくまだだろうとたかをくくって公園に戻ってしまっていたのです。どうやら当番の方はそのすぐ後に来られたらしい。
カメラを持った私に「雑誌かなんかに載せるの?」と尋ねてきたので、「いえ、屋根神さまをずっと記録していまして。熱田区から来たんですよ」と話すとその人は「えっ! 熱田区から来たの? 若いのに感心だねえ。でもせっかく来てくれたのに残念だね。次は12月1日にまたやるからそのときおいで。せっかくだからみかんあげるわ」と、お下がりのみかんを一個差し出しました。写真を撮れなかったことは残念でしたが、こうして写真以上に人と出会うことになったのです。でも私は先ほど星野富弘さんの詩に感動したばかりじゃないか、と自分を慰めました。
「こんな日と/大きな事をやりとげた日と/同じ価値を見出せる/ 心になりたい」と。
